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在りし日の歌 [読書]

 今日はきのうと変わって、暖かそうな天気です。 岩波新書『中原中也』を書いた佐々木幹郎はむかし、よく現代詩手帖という雑誌で名前をみかけた詩人です。ねじめ正一、荒川洋治などの名もあったように思います。


 2000年から『新編中原中也全集』(角川書店)が出たのですが、佐々木幹郎が編集責任者だったようです。この新書には1967年から大岡昇平らの編集ででた旧全集以降に見つかった資料や、新全集刊行後に出てきた中原の手紙なども紹介されています。


 五十年ぶりに、その生涯や詩を再読すると、かえって自分が過ごしてきたこの間の歳月のことがよみがえります。いつのまにか中原中也は、わたしの子供たちよりも年下になっていました。それでも、いいなぁとあらためて感じる詩がいくつかあります。


      言葉なき歌


  あれはとほいい処にあるのだけれど

  おれは此処で待つてゐなくてはならない

  此処は空気もかすかで蒼く

  葱の根のやうに仄かに淡い


  決して急いではならない

  此処で十分待つてゐなければならない

  処女の眼のやうに遥を見遣つてはならない

  たしかに此処で待つてゐればよい


  それにしてもあれはとほいい彼方で夕陽にけぶつてゐた

  号笛(フイトル)の音のやうに太くて繊弱だつた

  けれどもその方へ駆け出してはならない

  たしかに此処で待つてゐなければならない


  さうすればそのうち喘ぎも平静に復し

  たしかにあすこまでゆけるに違ひない

  しかしあれは煙突の煙のやうに

  とほくとほく いつまでも茜の空にたなびいてゐた



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寒い朝 [雑感]

 朝が寒くなってきました。指さきが冷えます。手を使う仕事なので、あたたまるまで気をつかいます。「冷たい」の語源は「ツメが痛い」だそうです。


 最近でも、ときおりシモヤケの人を見かけますが、温暖化のせいかほっぺたをくずれるほどまっ赤にした子供はいないようです。


 こどもの頃は、寒い朝、通学路やあぜ道で霜柱を踏みながら歩いた記憶がありますが、もう長い間、あのサクサクという歩く感触は味わっていません。もしかしたら、早朝のゴルフ場では聞こえるかもしれませんが、クラブはもう三十年も使っていません。白い息をはきながら、 1番ホールのティ・グラウンドに立つのも気持ちのいいものです。


 12月になると、膝から下が痒くなるひとが多いようです。革製品は脂がきれるとカサカサになります。冷えた手足をいたわりながら、この冬も乗りきりたいものです。


  木がらしや目刺にのこる海のいろ (龍之介)

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よみがえる詩句 [読書]

 19歳ごろ、南海電車に乗って、吊り革を持って車外を眺めていると

   腕にたるんだ私の怠惰

   今日も日が照る 空は青いよ

という中原中也の詩句が頭にうかびました。 丁度その頃、角川書店から『中原中也全集』が出ていたので、すみずみまで読みました。その後は遠ざかりました。


 最近、本屋さんに佐々木幹郎『中原中也 沈黙の音楽』(岩波新書)という本が並んでいました。そばを通るたびにちょっと中身をながめたりしていたのですが、まぁいいかと戻していました。そのうちに見えなくなりました。


 それが先日、また棚に立てられていました。まぁいいかと買ってきました。五十年まえの記憶が蘇ってきます。


    一つのメルヘン

  秋の夜は、はるかの彼方に、

  小石ばかりの、河原があって、

  それに陽は、さらさらと

  さらさらと射してゐるのでありました。

 

  陽といっても、まるで硅石か何かのやうで、

  非常な個体の粉末のやうで、

  さればこそ、さらさらと

  かすかな音を立ててもゐるのでした。

 

  さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、

  淡い、それでゐてくっきりとした

  影を落としてゐるのでした。

 

  やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、

  今迄流れてもゐなかった川床に、水は

  さらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました......

 

 


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秋の歌 [雑感]

 この間まで台風が来ていたのに、先週末は霰が降っていました。もう晩秋の雰囲気です。落葉が風に吹かれています。


  この道や行く人なしに秋の暮 (芭蕉)


 長谷川きよしという歌手に「秋だから」という歌があります。いつごろ出されたものなのか分かりませんが、車にのっている CDに入っていて、時々、耳にします。


 むかしはよくヴェルレエヌの「秋の歌」を上田敏が「落葉」として訳した・・・


   秋の日の

   ヰ"オロンの

   ためいきの

   身にしみて

   ひたぶるに

   うら悲し。


という詩句を目にしましたが、最近はあまり見かけません。 それにしても詩が顧みられなくなったのは、惨憺たるものです。 飯島耕一、田村隆一、清岡卓行、吉岡実・・・綺羅星のごとくの時代があったのですが・・・またいつか、人口に膾炙する詩句がたくさん生まれてほしいものです。


  門を出れば我も行人秋のくれ (蕪村)



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路地をさまよう [徘徊/食物]

 知らない土地をぶらぶらと歩き巡るのは楽しいものです。迷子になりながら、かといって冒険というほどでもなく、ひとのにおいのする路地や道を気ままにぶらつく。


 運動のためではなく、調査でもなく、目的もなく、巡礼でもなく、行き当たりばったりにほっつき歩く。だいたいあの辺りとだけ決めて。


 どこへ行ってみたいか・・・山陰の益田あたり、国東半島、竜飛崎、出雲崎、ポルトガル、ニューヨーク、バイカル湖、清水あたり、赤穂、小樽・・・いつでもでかけられそうで、そうでもない。ちょっとしたはずみが必要です。


 五味文彦『日本の歴史を旅する』(岩波新書)は大津、日向、筑波山麓、小浜、佐渡、讃岐など 16の地域を人、山、食、道の四部に分けて、そのあたりの歴史的な成り立ちを概説していて、局所的な風土のおもしろさが浮かび上がってきます。


 <小浜は遠く異国や蝦夷地とも結ばれていて、応永十五(1408)年六月には南蛮船が小浜にやって来て、小浜の問の本阿弥の家を宿舎となし、「日本国王」足利義満への進物として黒象一頭・山馬一隻・孔雀二対・鸚鵡二対などが贈られている>・・などという話が出てきます。


 何回か敦賀から小浜へ行って、花折峠を越えて京都に出たのを思いだします。久しぶりに若狭にもでかけてみたくなります。路地には伊勢エビの味噌汁のかおりが漂っています。

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「枯葉」の季節 [音楽]

 テレビを見ていると坂東玉三郎が「枯葉」を歌っていました。歌舞伎のときのような声ではなく地声で、舞台人らしい丁寧なうたいっぷりでした。 CD も出ているそうです。


 「枯葉」はイヴ・モンタンが歌い始めでしょうが、いろんな人が歌い、演奏しているのに出会います。 何年かまえボブ・ディランが採りあげていたのには驚きました。声に陰影があって聴きごたえがありました。


 サラ・ヴォーンは特異な唄いぶりです。マイルス・デイヴィスの音は極めつきです。しかしドリス・デイやスタン・ゲッツのも心地よい音楽です。


 シャンソンの歌詞はジャック・プレヴェールのものですが、何ヶ月かまえ、岩波文庫で『プレヴェール詩集』(小笠原豊樹訳)が出ました。フランス語は分からないので、しかたなく訳詩を読みますが、どんな詩なんだろう・・・とペラペラと拾い読みする程度です。「枯葉」も最後のページに載っています。小笠原豊樹は岩田宏という名の詩人でもありました。


 

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そこはかとなく [読書]

 所用で先週は関東へ出かけました。滋賀の伊吹山にはうっすらと雪が見えていましたが、富士山は頂上まで山容を現しているのに、雪はまったくありませんでした。さきほどの台風の影響のようです。


 11 月になると、そろそろ紅葉の季節ですが、まだ、どこでもあまり見かけませんでした。そういえば中学生のころ、紅葉台というところから樹海ごしにみた初めての富士山はびっくりするほどみごとで印象に残っています。


 このあいだから眺めている金田一春彦『ことばの歳時記』に、「神無月 風に紅葉の散る時は そこはかとなく物ぞかなしき」(藤原高光)という歌の意味について書いていました。


 室町時代に日本に来たポルトガル人が作った日葡辞書をみると、Socofacato naqu の意味は「無限に」と書かれているそうです。だから「何となしにもの悲しい」よりも「かぎりなくもの悲しい」と訳した方がよくはないか。


 また『徒然草』の冒頭、「心にうつり行くよしなしごとをそこはかとなく書き付くれば」も「何となく書き付ける」というのではなくて「あとからあとから書き付ける」という意味かもしれないと言っています。 たしかに、その方があとの「あやしうこそものぐるほしけれ」とつながりがいいように感じます。


 ことばも時代とともに、発音や意味が変化していて、それが化石のようにいろんな場所に残っているようです。



 


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ピヨの鳴くころ [読書]

 ことしはよく台風が来ます。今も 22号が潮岬の南方海上を北東に進んでいます。窓の外は昼から雨風が続いています。たしか明日、箱根で同窓会をやるという案内がきていましたが、一日違いで良かった。幹事さんはヤキモキしていることでしょう。


 何年かまえの別の同窓会も台風の翌日だった記憶があります。また以前、長兄が尾道で同窓会があるので、帰りに当地に寄ってくれるというので待っていましたが、音沙汰がなく、問いあわせてみると、同窓会が台風で中止になっていました。同窓会は台風の季節に多いのでしょうか ?


 金田一春彦『ことばの歳時記』(新潮文庫)というのは、こどもの頃に読んだ憶えがあって、たまたま書店の文庫棚で北杜夫の隣りに並んでいたので、なつかしくなり買ってきました。ペラペラ眺めてみても、ほとんどは憶えていないので、違ったかな ? と思いましたが、何カ所か記憶にあるところもありました。


 10月30日の欄にこんなことが書いてありました。 いまごろの時期、ヒヨドリがピーヨ、ピーヨと鳴いていますが、奈良朝以前はその鳴き声からピヨと呼ばれていたそうです。それがいつの間にか、pi ➙ fi ➙ hi とかわったそうです。


 沖縄の一部にはそういう古い発音が今でも残っていて、「光」をピカリというそうです。ピカッと光るようすがピタリなのには驚きます。

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