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かすみとパン [読書]

 窓からの日差しが明るいので、外に出てみましたが、風はまだ冷たいです。本を読んでいると、気象用語では霞という言葉はないそうです。「霧」と、それより薄いのは「もや」ということです。


 ひさかたの天の香具山この夕べ霞たなびく春立つらしも(柿本人麻呂)


 万葉集の歌ですが、人麻呂より千年もあとの松尾芭蕉は


 春なれや名もなき山の朝がすみ


 と詠んでいます。 芭蕉のころには万葉集は、あまり知られていなかったようですが、「天の香具山」と「名もなき山」、「夕べ」と「朝」、いかにも俳諧的な工夫に思えます。なにか二人をつなぐ、本歌取りの歌があったのでしょうか。ただ、「朝がすみ」を「薄霞」とするものもあるようですが・・・。


 はやく暖かくなってほしいと思いながら、寝ころんで本をみています。 かすみを食って生きているわけではありまんが、パンはグルテンのせいか食べられません。たまには美味しいパンも食べたいものです。


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身につまされる演奏 [音楽]

 音楽はビミョウなもので、演奏者によって「いいなぁ〜」と思えるときと、からだになじまない場合とがあります。


 ひと月ほどまえ、CD屋さんに、W.バックハウスのピアノ演奏、K.ベーム指揮、ウィーン・フィルでブラームス「ピアノ協奏曲 第2番」というのが並んでいました。 たしか名盤として案内書などに取りあげられていた記憶がありました。


 しかしどうも、バックハウスの演奏というのは、いままでしっくりと聴きほれた憶えがありません。そのまま CDは買わずに帰って、自宅にある、いいと思う E.ギレリスのピアノ、 E.ヨッフム指揮、ベルリン・フィルの演奏を取り出してみました。やっぱり生気があって、つやがあって、よい曲だなと感じ入ります。


 この演奏よりもっと良い演奏とはどんなんだろうと、興味がわいてきます。バックハウスはスタインウェイではなく、ベーゼンドルファーのピアノを弾くので、ウィーン・フィルの弦楽器の音によく合うのだと書かれています。


 次に CD屋に出かけたとき、つい誘惑にまけて、先の CDを買ってしまいました。 どんなかな・・・と耳をかたむけてみました。 やはり、どこか遠いところで鳴ってるような、なんとなく体にそぐわない感じがぬぐえません。 録音のせいなのか、再生装置のせいなのか・・・なんとも不可解な気持ちになります。 身につまされる演奏として聴こえてこない・・・また、なにかのきっかけで、感じが変わることがあるのでしょうか・・・。




 

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ひとりし思へば [読書]

 数日来、北陸地方では雪が降り続いているようです。国道 8号線では 1500台もの車が立ち往生したとのことです。 豪雪というのは経験がないので、想像もできません。


 このあいだから読んでいた 藤井一二『大伴家持 波乱にみちた万葉歌人の生涯』(中公新書)によると、家持は天平十八年(746) 、29歳のとき越中国守に任命され、今の富山県高岡市で 5年間を暮らしています。


 天平勝宝五年 (751) 年は正月から雪が多く、積雪は四尺にもおよんだそうです。


  零る雪を 腰になづみて 参り来し 験もあるか 年のはじめに 


また、42歳のとき因幡守として、いまの鳥取市に赴任していた天平宝字三年 (759)には


  新しき 年の始めの 初春の けふ降る雪の いや重け吉事


と詠んでいます。


 官僚として各地を点々としていますが、天平宝字八年 (764)には薩摩守で、中央政府での恵美押勝(藤原仲麻呂)の乱に関わらずにすんでいるようです。


 65歳で陸奥鎮守将軍となり、延暦三年 (784)に東北の多賀城に出向いています。そして翌年、68歳で他界しています。著者は家持は多賀城でなくなったと推測しています。 その年、中納言 藤原種継の暗殺事件があり、関わった人物として大伴家持の名が挙がっているそうです。 家持の子息 大伴永主は隠岐に流罪になっています。


 大納言 大伴旅人の子として生まれ、政争のなか、宮仕えし、歌人として万葉集の編纂にかかわり、多賀城に没した家持の生涯は想像以上に波乱にとんだものだっようです。


  うらうらに 照れる春日に ひばり上がり こころかなしも ひとりし思へば



 




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梅はまだ [雑感]

 寒い日が続いていますが、当地では今朝も雪はなく、雨でした。 2月はきさらぎ(如月)ですが、寒いので衣類をさらに重ね、衣更着だから・・・と聞くと、なるほどと思います。


 しかし、「昔の二月は今の三月から四月にかけてのことで、そんなに寒いことはないのではないか。」と金田一春彦は衣更着説に疑問を呈しています。


 陽気になれば、そろそろ梅畑の開花が始まる時期ですが、今年は遅いようです。 梅の実がみのると、いっせいに樹木の下に入って作業するので、ダニに噛まれる頻度がふえます。最近はダニが媒介する感染症が多く、ときおり話題になりますが、心配します。


 「つつがなし」という言葉は、病気の元となるツツガ虫が無いという意味からきていると、聞いた憶えがありますが、これも怪しいようで、「ツツガムシ」という言葉より「つつがなし」の方が古いことばのようです。「つつが」は災難という意味だそうです。


 もうすぐ立春だとおもうと、きもちが明るくなります。 今日の雨でインフルエンザも少しは下火になるでしょう。

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鎌倉のドラマ [雑感]

 なぜ源頼朝は、こんな狭い鎌倉に幕府をひらいたのか ?  先月、岡の上から鎌倉を俯瞰したとき疑問に思いました。


 家内が司馬遼太郎『街道をゆく 三浦半島記』(朝日文庫)を読んでいたので、聞いてみると、頼朝が挙兵して敗戦し、房総半島に逃れたとき、千葉介常胤という老人が三百騎をひきいて参陣したそうです。


 <常胤は、いつも居眠りしているような容貌のもちぬしだった。

 「相模に、鎌倉というところがあります。」

 と常胤がいったのは、この対面のときである。こんなところをうろうろしているよりも、早くそこをめざしなさい、三方山にかこまれた要害の地で、父君の義朝殿も、一時期、そこに居館をもたれたことがあります、などと語った。

 頼朝に、めざすべき目標の地ができた。>・・・ということだそうです。


 高校生のころ『源義経』という大河ドラマをみました。尾上菊之助が義経で、藤純子が静御前、弁慶は緒形拳でした。記憶にありませんでしたが、頼朝は芥川比呂志で平清盛は辰巳柳太郎が演じたそうです。 残念ながら当時の映像は残っていないようです。


 鶴岡八幡宮で捕らえられた静が舞う場面は憶えています。 樹齢千年といわれた大銀杏は平成22年3月10日未明、雪まじりの強風に倒れたそうです。



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名前の記憶 [読書]

 昨夜、ひさしぶりに旧友と電話で話していると、「仕事はどうしているの?」と聞くので、「最近は、おもに午前中に働いている」というと、「昼からはどうしているの?」と重ねて訊いてきます。「昼寝してるよ」と答えると、「そりゃーボケるよ」と心配してくれます。


 友人が危惧するまでもなく、だんだんと名前がふと出てこなくなりました。画像や性質はよく分かっているのに、名前だけが憶いだせない。内容は熟知しているので、アレコレと説明して、まわりの人に思いだしてもらいます。頭の中では、そのものの実態が重要ですが、頭の外では名前がないと話しがすすみません。


 なんとか、一度おもいだすと、しばらくはダイジョウブです。 名前なんぞはラベルに過ぎないと強がりをいうのですが、時々、意識的に思いだしては、心の中で、念仏のように名前を唱え、記憶を強化しています。


 そういえば先日買った本の題は『記憶の海辺』(青土社)でした。1940年、姫路生まれのドイツ文学家・池内 紀の自伝です。 安岡章太郎の小説『海辺の光景』は「カイヘンのコウケイ」で、村上春樹は「ウミベのカフカ」ですが、これはどう読むのでしょう。 ペラペラと眺めてみると、海辺に座っている F. カフカの写真が載っていました。




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干しダコの味 [読書]

 このあいだ頂いた干しダコ(http://otomoji-14.blog.so-net.ne.jp/archive/20171226)はまだ食べていませんが、堀井令以知『ことばの由来』(岩波新書)を読んでいると、こんな文章がありました。


 <「引っ張りだこ」といえば、方々から求められ期待されるさまのことだが、これは蛸の乾物を作るときに、肢体を引っ張って広げることから来たことばである。一説には、あちらこちらから引き合うさまが凧に似ているからともいう。しかし江戸時代には刑罰の磔(はりつけ)のこともいった。>


 おどろいて「引っ張りだこ」を古語辞典でみると、たしかに(2)として磔という意味も書かれています。そういえば、干しダコはそんな形にも見えます。


 凧揚げは、与謝蕪村の句「いかのぼり きのふの空の ありどころ」があるように、元来はイカであったのですが、電線もない時代、大はやりしたのですが、大名行列の上に落下したりで禁止になったそうです。それで、これはイカではない、タコだといってする人が現れ、たこ揚げになったそうです。


 お正月といっても最近は、凧揚げも見かけませんが、なかなか干しダコにも、深い味わいがあるものです。こころしてタコめしに仕上げなくては・・・と思います。



 





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いざ鎌倉 [徘徊/食物]

 先日、鎌倉へ出かけてきました。天気が良くて温かで、江ノ島の向こうに箱根や富士山が見渡せました。中学の修学旅行以来なので、55年ぶりです。鎌倉は鉄道の幹線からはずれているので、目的にしないと寄りにくい場所です。


IMG_1881.JPG


 鶴岡八幡宮や長谷大仏はむかしの記憶がかすかに残っていました。腰越川という標識をみると源義経のことが思いだされます。それにしても頼朝は何故こんな狭い場所に幕府をひらいたのか不思議です。

 

 昭和12年9月24日、中原中也はともに鎌倉に住んでいた小林秀雄を訪ね、詩集『在りし日の歌』の清書原稿を託しました。いろいろなことがあった二人の最後の語らいでした。


 坂の多い町なのでつま先が痛くなります。小腹が空いたので、店を覗くと、どこもシラス丼がおすすめのようでした。磯辺餅をいただきました。


 今年はどんな年になるのか・・・犬のように嗅覚に導かれて、さまようのもいいかもしれない。ことしは古稀になります。

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