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大国主神の国譲り [読書]

 昨夜はモチガツオを食べました。刺身もタタキも食感がもちぃとして独特です。外見はふつうの鰹と区別は付けられず、包丁を入れてはじめて分かるそうです。鰹釣りの船は午後に帰ってくるので、夕方に新鮮なカツオが食べられます。春になるとカツオの刺身が楽しみです。


 去年から出雲のことが気になって、ちらちらと読んでいますが、岩波新書にも2013 年に『出雲と大和』(村井康彦)という本がでています。一読、ビックリするような内容でした。


 <邪馬台国は出雲系の氏族連合によって擁立された王朝であった・・・邪馬台国と大和朝廷とは繋がらない・・・邪馬台国や卑弥呼の名が『古事記』や『日本書紀』に一度として出てこない・・・三世紀前半、使者を帯方郡、さらには洛陽にまで派遣して魏王から「親魏倭王」の称号を受け、銅鏡百枚ほか数々の品物を下賜された倭の女王が大和朝廷の祖先であれば、その人物を皇統譜に載せてしかるべき・・・卑弥呼が没した頃、倭国の争乱に乗じてあらたな勢力が東に向けて移動しはじめ、やがて邪馬台国は激しい攻撃にさらされる・・・邪馬台国最後の状況は、じつは『日本書紀』が克明に記録していたのであるー。それがいわゆる「神武東征」に他ならない。>


 なぜ、三輪山(シロウサギの大国主神)をはじめ大和に出雲系の神が多く祀られているのかが理解できます。


 <・・・記紀にいう「国譲り」とは、葦原中国(=地上世界)を作り治めていた大国主神が、天照大神の命に従い、その統治権を天孫に譲るというものであった。>


 神話と歴史が仮説によってみごとに繋がり、疑問が解けていきます。そうかもしれない、そうでないかもしれない。歴史の本を読む楽しみに満ちています。


 カツオといえば神社の屋根には鰹木というのがのっかっています。むかしの人もカツオを食べていたのでしょう。



タグ:邪馬台国
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