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ダンテ「神曲」を読む [読書]

 最近、本屋さんに行くと数種類のダンテ「神曲」が並んでいて気になります。平川祐弘訳が読みやすそうで、図版も多く、つい買ってしまいました。

 「人生の道の半ばで 正道を踏みはずした私が 目をさました時は暗い森の中にいた。」

 人生の道の半ばとは三十五歳のことで、時は西暦1300年春のことだそうです。東洋では蒙古が日本へ遠征した時代であり、ダンテはマルコ・ポーロの同時代人です。

 高齢者の範疇に入った私が、人生の道の半ばとは言えませんが、何となく気分はまだそんな感じです。暗い森の中にいることに変わりはないのですから・・・。

 もう五十年も本を読んできましたが、たいして読めていない、あれも読みたい、これも読みたいと気がせきます。もう、とっくに人生の道の半ばは過ぎてしまっているのに・・・。

 

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音をつくる [音楽]

 先日、指揮者のフランス・ブリュヘンが他界されました。もう二十年も前にわたしの住む地方で、彼の率いる「十八世紀オーケストラ」と共に公演しました。演目はベートーヴェン「コリオラン序曲」と「田園」だったと思います。

 オーケストラの実演などほとんど初めての経験だったのですが、第一音が鳴った瞬間、なんとキッチリとそろって音がでるもんだと驚愕した記憶があります。

 ふだん、ラジオやCDで音楽を聴いていると、きっちり枠内におさまっていて、完全にデジタルにコントロールされているという感じがしますが、実演では百人もの人々が、それぞれ一個ずつ楽器を持って、手足口を使って音を造っているのがよく分かります。あくまでも身体を動かして音楽ができてくるのです。

 ただ会場では、プログラムをめくる音や、隣のおばさんの寝息や、一斉の咳ばらいなどの色々な音にも取り囲まれています。そういう意味でも、実演はいたって身体的です。

 フランス・ブリュヘン指揮「十八世紀オーケストラ」の完璧とも思える音のコントロールは、猥雑な日常の音のなかで、なにか音の結晶のように聞こえました。
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音楽のことなど [音楽]

 行き先は変わりましたが、車でやはり35分位の通勤を30年間続けています。朝夕の車のなかでラジオを聴くのが習慣になっています。FMにスイッチを入れると、大抵は音楽の途中から聴くことになります。ときには、到着しても曲が終わらないで、誰の、何という曲なのか分からずじまいのこともあります。

 ただ音楽を聴いていて、気持ちのいい曲だとラジオで知ったのは、想いだすとヴィラ=ロボス「ブラジル風バッハ」、モーツァルト「弦楽四重奏曲 K.421」、フランク「ヴァイオリン ソナタ」などがすぐに思い浮かびます。

 十数年前、毎週、ラテン音楽を紹介する番組があって、数年間、熱中して中南米の音楽を聴いていたことがあります。アフリカとスペイン、ポルトガルやモンゴロイドが出会ってできた刺激的な音楽です。映画「タンゴ レッスン」のサントラCDでもいい唄が聴けます。

 音楽にしろ何にしろ、異文化が出会って新しいものが生まれる。人間関係にしろ、アイデアにしろ。常に回路を開いて、活動的であることを忘れないでいたいものです。



 
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過疎の町で [雑感]

 お盆休みが過ぎて、子供達はそれぞれ仕事にもどり、夏休みの孫がひとり残りました。夫婦二人の生活になんとなく活気がでます。過疎化の進みつつある町で海につかったり、魚釣りをしたり、少年は活力を発揮しています。

 夜になって、他県に住む次男夫婦とFace Time というネット・TV電話を試してみました。音声・画像ともクリアで、互いの顔色が見えて安心できます。高齢者の安否確認や遠隔診断にも利用できそうです。

 たしか以前は、IT時代になると何処でも仕事ができるので、都市に集中しなくてもよくなるというような話しがありましたが、どうなったのでしょう。

 大規模災害の可能性を考えると、多極に分散した社会のほうが安全と思われます。やはり、とりあえず東京の人口を五百万人にして、五百万人を地方に分散できるように構造改革したいものです。


 
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過疎化について [雑感]

 お盆休みになって子供達が帰省してきました。色々な話しのなかで、今年の3月でわたしの出た小学校が廃校になったことを話し、わたしの子供のころは日本の人口は八千万人くらいだったのに、一億二千万人にも人口が増えたのになぜ、小学校が廃校になるのか・・・?

 大都市への人口集中が良くないから、東京の人口を政策的に五百万に減らして、残った五百万人を地方に分散させる必要があると意見を述べると、子供達二人は、まったく反対の意見でした。

 地方に残った老人を都市に集める必要があるというのです。

 公共交通網の整った都市でないと医療にもかかれないし、食事もままならなくなるとのことです。それに、費用対効果の乏しい道路やライフラインなどの無駄なインフラ整備・管理に膨大なコストがかかり、とても将来の日本は支えきれないとのことです。

 子供達とまったく考えが違っているのには驚きました。

 そういえば家内は以前からデパチカの傍で暮らすのが夢のようです。

 限界集落に残った老人たちを収集車が集めにくる近未来の夢を見そうな気がします。
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また人口減少のこと [読書]

 台風が通り過ぎて、今日は青空です。

 昨日の続きですが、「人口学への招待」を読んで驚いたのは、イタリアの出生率が低いことです。陽気で、カトリックのお膝元で、私たちの思い出す女優といえばソフィア・ローレンやクラウディオ・カルディナーレで、なんとなく子供の多い国のように思っていました。スペインやドイツ、東欧も低く、日本、韓国、台湾、シンガポールも低い。1960年代後半から顕著になってきた現象だそうです。

 比較的に高いのはフランス、オランダ、イギリス、北欧諸国で、著者は学会のあとの親睦会で、世界で出生率の非常に低い国は戦前の枢軸国で、これは女性のリベンジだという小話が座をにぎわすと書いています。

 一説によると、出生率の低い国は権威主義的な社会あるいは家族システムを持つ国々だということです。人口動態にはまだまだ、思いがけない因子がからんでいるようです。


 
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人口減少のこと [読書]

 台風11号で昨夜から半日以上、風の音が続いています。雨は止んでいます。

 先日、小学校の同窓会があって出かけてきましたが、小学校は今年3月に廃校になりました。少子化や過疎化の影響ということです。それにしても百年も前からあった小学校が存続できないとは不思議です。私が生まれたころの日本の人口は八千万人くらいでした。明治の始めごろは三千四百万人だったはずです。今は一億二千万人も居るというのに・・・廃校?

 そんなわけで人口って不思議なものだと、少し勉強してみようかと、中公新書『人口学への招待』(河野稠果著)を手にとりました。外は風が強く吹いています。

 私が二十代のころ世界人口は年率2.0%の増加率を示していたそうで、35年で2倍になるペースで「人口爆発」といわれていました。ところがヨーロッパでは早くも19世紀後半から出生率低下、人口停滞が問題になりはじめていた。1870-71年の普仏戦争でフランスはプロシャに完敗しましたが、フランスの有識者は自国の出生率が低く、血気盛んな青壮年人口が少ないことに敗北の理由を求めたそうです。 
 以来、フランスは国をあげて手厚い育児支援・家族政策を行い、2007年1月合計特殊出生率がヨーロッパ最高の2.0になり、一方ドイツは1.3台を低迷しているそうです。因に日本は2005年史上最低の1.26になりました。

 日本では1956年頃から既に少子化が始まっていたそうです。ところが死亡率がもっと早く1900年頃から着実に低下していたため、少子化でありながら人口増加していたそうです・・・まさしく少子・高齢化という人口構成の変化です。

 団塊の世代に属していると、いつも周りに人があふれているような錯覚に陥りやすいですが、気がつくと母校すら廃校になるほどに日本は変わってしまったのですね。


 
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イェルサンのこと [読書]

 「動かない人生は、人生とはいえません。」とイェルサンは母親に手紙をかく。1863年スイスに生まれ、パリでパストゥールに学ぶ。

 パトリック・ドゥヴィル『ペスト&コレラ』(辻由美訳 みすず書房)は波瀾の生涯をおくったアレクサンドル・イェルサンについての評伝です。

 「いつか、新たなリヴィングストンになりたい。」と彼は手紙にかく。アルチュール・ランボーがラクダの背にのって、砂漠の岩場で難儀していた頃です。

 ジフテリアの研究で成果をあげるが、探検家になりたくて27歳で研究所を去り、船医となり、インドシナにわたる。ヴェトナムからカンプチアまでの陸路を拓いた最初の人となる。1894年香港でのペスト発生に際し、北里柴三郎と争い、ペスト菌を発見する。

 1943年太平洋戦争のさなかヴェトナムで世を去る。彼に因んでペスト菌の学名はYersinia pestisになる。

 



 
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