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食べ物の話し [徘徊/食物]

 胃腸がじょうぶではないので、食事はいたって簡単にすませますが、食べ物の話しを読むのは嫌いではありません。森浩一「食の体験文化史」(中央公論社)は十五年ほど前に奈良で買った本ですが、考古学者が自分が毎日食べたものについて記録した読み物です。遺跡から発掘されたものとか、出土した木簡に記載された食物とか話題が豊富で、また健啖ぶりがほほえましく楽しめます。

 今年の南方熊楠賞は石毛直道さんでしたが、森さんも数年前に受賞しています。選考委員に食べ物の話題の好きなひとがいるのでしょうか?

 正岡子規、檀一雄、開高健、邱永漢など食べ物を美味しそうに書くひとはエネルギーにあふれています。    貧弱な食生活を反省します。



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霧の匂い [読書]

 高校生のころ、神戸にでかけ、夕方、帰りの船に乗ろうと港にゆくと、一面の濃霧で船が欠航し、島に帰れなかったことがありました。

 「乾燥した東京の冬には一年に一度あるかないかだけれど、ほんとうにまれに霧が出ることがある。夜、仕事を終えて外に出たときに、霧がかかっていると、あ、この匂いは知ってる、と思う。」 須賀敦子『ミラノ 霧の風景』(白水社)の印象的な書き出しです。1990年の刊行ですが、ほんの十年に満たない活躍で著者は霧のむこうへ旅立ちました。

 本屋さんに松山巖『須賀敦子の方へ』(新潮社)が並んでいましたので買ってきました。しばらく寝る前のたのしみにします。

 そういえば以前、考古学者の森浩一さんの本を立ち読みしていると、須賀敦子といとこになるとのことで、子供時代の思い出が記されていました。いろんなつながりがあるものですね。



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月日の残像 [読書]

 瀬戸内海の島といえば木下惠介「二十四の瞳」、新藤兼人「裸の島」、篠田正浩「瀬戸内少年野球団」といった古い映画を思い出します。

 木下惠介の助監督をしていたこともある山田太一の「月日の残像」(新潮社)というエッセイ集は楽しく読めました。

 山田太一にも、わたしと同じように十二歳年上の兄がいたそうです。大学一年生のころ、地方都市から出張で上京してきた兄と新橋の小さな食堂でビールを飲んだ想い出を書いています。
 その日読んだばかりの短篇小説の筋を少し皮肉っぽく、得意になって話す筆者に
「ほうか。みんな、ほうやって、気張って暮らしとるんだな」と兄はまったく予期しなかった感想を言って、別の話しをはじめる。五十八年たっても耳に残る兄の言葉を振り返り、筆者は「底の知れないような気がして来てしまう。」

 大学で同級生だった寺山修司のこと、木下惠介のことなど色々な話題がでてきますが、視点が確かで、少しヒヤリとした感触の読後感が残ります。

 マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや 
                         (寺山修司)




 



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生まれる前のはなし [雑感]

 今日は長兄が尾道での同窓会の帰りに、当方へ来てくれるとのことで、待っていましたが音沙汰がありません。不思議に思って心当たりに連絡してみると、台風のため同窓会が延期になっていました。
 
 長兄とは12歳はなれています。何ヶ月かまえ、「自分史」を書いたといって送ってくれました。12歳も年が違うと、わたしが生まれるまでの家庭のようすなど、わたしの知らなかったことがいろいろ書かれており、興味深く読みました。父親は高い所が苦手で、自宅の棟上げのとき、代わりに長兄が上に登らされたという話しは初耳でした。

 もっとも驚いたのは、自宅の二階の窓から、アメリカの戦闘機が撃ち落とされるのを見ていたという少年時代の想い出話しです。おだやかな瀬戸内海しか知らないわたしには夢のような話しです。

 ひとつの家庭ですら自分が生まれるまでの出来事は知りようがありません。両親とも既に三十三回忌がすみ、両親の若い頃を知っているのは長兄くらいです。久しぶりに会って「自分史」の空白を聞いておこうと楽しみにしていたのですが・・・またの機会になりました。


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本の旬 [読書]

 読もうと思いながら本棚に置いたままになっている本はたくさんあります。谷崎潤一郎訳および瀬戸内寂聴訳の「源氏物語」、ドストエフスキー「悪霊」、ヘロドトス「歴史」、ヴァージニア・ウルフ「ダロウェイ夫人」・・・数えあげれば気分が落ち込みます。

 買ったときは読もうと思ったか、いずれ読むだろうと思っていたかのどちらかだったのでしょうが、今となっては文字が小さい、行間が狭い、寝転がって読むには重いなど物理的な制約も増えてきます。

 買った勢いで一気に読むのがよかったのでしょうが、日々の生活に追われて、つい本棚に立ててしまったのが運のツキで、長いものでは何十年もそのままになっています。

 それでもこりずに本屋さんにたびたび出かけて、おもしろそうな本がないかと物色します。ただ、以前に比べると買おうか買おまいかの判断に、自分の持ち時間という係数が加味されるようになりました。

 若い頃に読みそこねた本を、思い出して、年たけて読むと気のぬけたサイダーのように感じることがあります。誰かが言っていたように、本にも「しゅん」があるようです。

 8月に読み始めたダンテ「神曲」はあと数日で地獄篇がおわりそうです。今年中に天国篇にいけるかな?


 

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中山道と東海道 [雑感]

 「木曽路はすべて山の中である」は島崎藤村「夜明け前」の書き出しですが、いつか読もうと思いながら、本棚に置かれたままになっています。中山道はその山の中を通っているのですが、なぜ東海道でなく険しい山道を選ぶのでしょう?参勤交代とか皇女和宮の一行とか。

 鉄道の東海道本線が関ヶ原を通っているので、昔の東海道が草津から東へ鈴鹿越えだったことを忘れます。やはり木曽川や長良川を避けたのでしょうか。東海道は天竜川、大井川、富士川など大河を渡らねばなりません。長雨が降れば足止めになります。

 中山道は川沿いに行くので予定が立てやすかったのでしょうか。それにしても、山道が楽だったとは思えません。下諏訪から霧ヶ峰のほうへ和田峠を越えて軽井沢、碓氷峠とたどって行きます。

 以前、茅野の南にある杖突峠に行ったことがありますが、八ヶ岳の麓から甲州方面へひらけた広大な展望は爽快でした。なぜ中山道は甲州街道をたどらなかったのでしょう。分からないことがいろいろあります。

 昔のひとの健脚には驚きます。芭蕉は更級紀行の翌年、いよいよ奥の細道に出かけます。
 
 旅人とわが名よばれん初しぐれ 



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月の名所 [雑感]

 わが心なぐさめかねつ更級や姨捨山にてる月をみて (古今和歌集 よみ人しらず)

 月の名所といわれる場所はいろいろありますが、芭蕉も美濃から木曽路をたどって姨捨山の月を見にでかけています。千年以上前の「大和物語」に姨捨のはなしがでているそうですが、そこでは男は翌日に姨を連れ戻しに行ったそうです。

 現代人には深沢七郎「楢山節考」や映画化された映像がなじみ深いですが、こちらは更級ではなく甲斐のはなしのようです。おりんさんは六十九歳でお山にのぼります。季節も雪の降り始めるころです。

 あさっては十三夜ですが、台風が来ているようです。木曽御嶽山が心配です。

 米くるる友を今宵の月の客 (芭蕉)


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月と星 [雑感]

 月みれば千々にものこそかなしけれ
   わがみひとつの秋にはあらねど (大江千里)

 Moon river から色々な連想がめぐります。月の沙漠、荒城の月、月がとっても青いから、月の法善寺横丁、月がわびしい路地裏の、月も知ってるおいらの意気地・・・などなど、昭和三十年代ごろまでなら、いくらでもでてきます。

 以前読んだある本に、1960年代になると月に代わって、星が歌われるようになる、というようなことが書かれていたのを思い出します。見上げてごらん夜の星を、星空に両手をあげて、空に星があるように、二人の星をさがそうよ・・・希望には星がふさわしい、月は一つだけれども、星はいっぱいある、星条旗のように・・・時代の変わり目は唄にも現れていたのですね。

 月天心 貧しき町を通りけり (蕪村)



 

 

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