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ホモ・サピエンスの嘆き [読書]

 台風が近くを通過しました。7月4日にも頭上を通っていったので、今年は当たり年のようです。前回は1時間ほどの大風でしたが、今日は6時間の雨風でした。帰宅時間に重なって、駐車場から玄関までの間にずぶぬれになりました。


 関東以北のひとは新鮮で元気な台風をあまり知らないかもしれません。また奄美や九州のひとは、出来たての強暴な風雨に違った印象をもっているのかも知れません。台風にもなにか表情があります。以前はジェーンとか名前をつけて呼ぶのが普通でしたね。


 いま読んでいるのは、ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』(河出書房新社)です。新聞コラムで引用されていた文句がおもしろくて買ってみました。考古学や遺伝子解析の成果をうまく整理して、現生人類のなりたちを上手に、シニカルに物語っています。


 <農業革命は、史上最大の詐欺だったのだ。・・・犯人は、小麦、稲、ジャガイモなどの、一握りの植物種だった。ホモ・サピエンスがそれらを栽培化したのではなく、逆にホモ・サピエンスがそれらに家畜化されたのだ。>  狩猟採集時代と違って、ヒトは汗水たらして一日中、延々と働き続けないと暮らしていけなくなった。


 <ニワトリほど広く行き渡った家禽はこれまでいなかった。・・・進化の狭い視点に立つと、種の成功はDNAの複製の数で決まるので、農業革命はニワトリや牛、ブタ、ヒツジにとって、素晴らしい恵みだった。>  しかし、10 億頭以上にDNAを増やした牛たちより、絶滅の瀬戸際にある野生のサイのほうが、満足そうにみえる。


 夏の読書に適しています。簡潔で、意外性もあって、適度にユーモアがあります。 目を酷使して、体力と時間を浪費し、さしづめ印刷物に使役されている家畜のように、自分が思えて来ます。





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夏を流す [読書]

 今朝、玄関ドアを開けるとセミが一斉に鳴いていました。去年はいつ聞いたのか憶えていませんが、一昨年は7月9日でした。蝉しぐれにつつまれると梅雨があけた気になります。


 明治26年7月19日、26歳の正岡子規は芭蕉の足跡を追って東北へ向かいます。上野から青森まで、明治24年に鉄道が開通したそうです。『子規の音』(新潮社)の森まゆみさんは、その子規の行程を車で追いかけています。


  みちのくへ涼みに行くや下駄はいて (子規)


 その頃、石川啄木は7歳で渋民尋常小学校におり、野口英世は16歳で会津若松にいました。樋口一葉は21歳で下谷龍泉寺町で荒物や駄菓子を売っています。それぞれの人の、その後を思うと胸があつくなります。


  ずんずんと夏を流すや最上川 (子規)




タグ:芭蕉 セミ 子規
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不思議なベストセラー [読書]

 今年の始めごろから、本屋さんの店頭に呉座勇一『応仁の乱』(中公新書)が大量に平積みされています。三十万部をこえるベストセラーになっているそうです。


 そんなに売れている本には興味がないなぁと横目でながめて通りすぎていましたが、なぜこんな地味な歴史の新書本が、そんなに売れるのか・・・不思議でした。


 何ヶ月も平積みされている傍を歩いているうちに、なぜこんな普通の中公新書がいつまでも売れるのかという疑問に、ふと魔がさして買ってみました。


 読み出してみると、これはまた、奈良・興福寺の僧侶二人の日記を中心にして、応仁の乱のいきさつを懇切丁寧に詳述した歴史読本でした。登場人物が多く、なじみのない名前の連続で、一日数ページ進むのがやっとで、辟易しました。300ページの新書にひと月かかりました。


 読了して、ふりかえってみて応仁の乱とは何だったのかと考えてみましたが、なんか分からない長い戦乱だったんだなという感想が残っただけでした。


 とても三十万人ものひとが、読んだとは想像できません。ほとんどの人は数十ページ位でなんだこれは・・・と本箱に仕舞ったのではないでしょうか。


 これはこの本のせいではありません。良い新書だと思います。なにかの間違いでベストセラーになっただけで、もし読めなくても、間違って買ってしまったひとに責任があるだけです。ひっそりと新書棚に並んでいれば問題はなかったはずです。



 

タグ:応仁の乱
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楽しみな本 [読書]

 先日、本屋さんの棚を眺めていると、森まゆみ『子規の音』(新潮社)という本がありました。手に取ってみると


 くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる


という歌から始まっていました。なんとも気持ちのよい書き出しです。早速、買ってきました。

 地域雑誌「谷中・根津・千駄木」が出発点の森さんにとって、根岸で暮らした正岡子規は地元のひとでしょう。『鷗外の坂』や『彰義隊遺聞』などを書いてきて、満を持して子規に取り組むという感じです。読み始めるのを楽しみにしています。


 今は、つい読みだした呉座勇一『応仁の乱』(中公新書)にてこずって、遅々として進みません。まさしく安眠のための寝る前の読書になっています。




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ほんとうのこと [読書]

 あたりまえのことですが、<歴史家の叙述する歴史もまた、フィクションではないものの、「物語」にはなってしまう。>と、橋本陽介『物語論 基礎と応用』(講談社選書メチエ)も書いています。


 前回の邪馬台国をめぐる歴史も語られるとともに、物語化から逃れられません。


 今日の毎日新聞を読んでいると、中森明夫という人が、<ユヴァル・ノア・ハラリのベストセラー『サピエンス全史』によれば、実は人類が繁栄したのは虚構を信じたからだという。神も国家も法律も貨幣も人類が作った虚構である(動物には意味がない)。>と引用して書いています。うまいこと物語るものです。


 虚構でしかほんとうのことは表せないと、何十年も虚構に親しんできましたが、「ほんとうのこと」というもの自体が虚構だったんですね。 虚構だからこそ虚構でしか現せない。


 「本当のことを云おうか」という詩の一節が谷川俊太郎にありました。そういえば、はじめに言葉ありきなのでした。





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大国主神の国譲り [読書]

 昨夜はモチガツオを食べました。刺身もタタキも食感がもちぃとして独特です。外見はふつうの鰹と区別は付けられず、包丁を入れてはじめて分かるそうです。鰹釣りの船は午後に帰ってくるので、夕方に新鮮なカツオが食べられます。春になるとカツオの刺身が楽しみです。


 去年から出雲のことが気になって、ちらちらと読んでいますが、岩波新書にも2013 年に『出雲と大和』(村井康彦)という本がでています。一読、ビックリするような内容でした。


 <邪馬台国は出雲系の氏族連合によって擁立された王朝であった・・・邪馬台国と大和朝廷とは繋がらない・・・邪馬台国や卑弥呼の名が『古事記』や『日本書紀』に一度として出てこない・・・三世紀前半、使者を帯方郡、さらには洛陽にまで派遣して魏王から「親魏倭王」の称号を受け、銅鏡百枚ほか数々の品物を下賜された倭の女王が大和朝廷の祖先であれば、その人物を皇統譜に載せてしかるべき・・・卑弥呼が没した頃、倭国の争乱に乗じてあらたな勢力が東に向けて移動しはじめ、やがて邪馬台国は激しい攻撃にさらされる・・・邪馬台国最後の状況は、じつは『日本書紀』が克明に記録していたのであるー。それがいわゆる「神武東征」に他ならない。>


 なぜ、三輪山(シロウサギの大国主神)をはじめ大和に出雲系の神が多く祀られているのかが理解できます。


 <・・・記紀にいう「国譲り」とは、葦原中国(=地上世界)を作り治めていた大国主神が、天照大神の命に従い、その統治権を天孫に譲るというものであった。>


 神話と歴史が仮説によってみごとに繋がり、疑問が解けていきます。そうかもしれない、そうでないかもしれない。歴史の本を読む楽しみに満ちています。


 カツオといえば神社の屋根には鰹木というのがのっかっています。むかしの人もカツオを食べていたのでしょう。



タグ:邪馬台国
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百年前のこと [読書]

 野山は新緑で生気に満ち、街路はツツジが満開です。しかし、ここのところう風が強く、うららかな陽気の日が少ないようです。


  てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。 (安西冬衛)


 今年はロシア革命から百年ということなので、最近でた岩波新書『ロシア革命 破局の8か月』(池田嘉郎)を読んでみました。かってソ連という国があったことは子供たちはもう知らないかもしれない。


 「運命の年、一九一七年には二度の革命が起こった。二月革命と十月革命である。二月革命で何が起こり、どのようにして十月革命に立ち至るのか。これが本書の叙述の内容になる。」とのことで、「言論の自由、人身の不可侵、私的所有権・・・・・同時代の西欧諸国がともかくも備えていたものを、ロシアにも揃えようという」二月革命後の「臨時政府の試みはあえなく挫折した。」 十月革命に行きつく8か月を丹念に追いかけています。


 歴史の吟味は滋養になります。最近、きな臭くなってきた半島情勢も、どこかで百年前とつながっているように思えます。


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年年歳歳 [読書]

 四月になっても肌寒く、桜の開花も遅れているようです。今晩は豆ごはんにイガミの煮付けとヒイカを食べました。食卓から春になった気分です。

 新しい年度が始まり、歳歳年年人同じからずの時期です。こうして、また一年、いろんなことを忘れたり、憶いだしたりしながら暮らしていくことになります。

 いまは堀江敏幸『音の糸』(小学館)を読んでいます。新聞の書評でおもしろそうと思って、何週間か何軒かの本屋さんで探しましたが無く、しょうがなくアマゾンクリックすると、翌日に届きました。

 だれがどんな音楽にどんな思いをもっているのかを読むのは、音楽を聴くのと同じくらい興味深いものです。それでも、やっぱり本は手に取って中をペラペラと眺めてから買うかどうかを決めたいものです。

 明日からは暖かくなるそうですから、桜が一斉に開花し始めるかもしれません。


 

 

タグ:堀江敏幸
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新書でも買って [読書]

 先日、久しぶりに商店街を歩いてみました。地方都市ではどこでも同じですが、シャッターの降りた店舗がめだちます。学生のころからよく立ち寄った本屋さんが開いていたので、覗いてみました。毎日のように出入りしていた頃に、こどもだった娘さんが立派なおばさんになってレジに立っていました。本の並びも変わりなく、小さな店にしてはそれなりの書籍が目につきます。

 かといってすぐ欲しい本は何回か見てまわってもなく、何も買わないで出るのも気がひけるので、新書でもと棚を見ていると、高島俊男『漢字と日本語』(講談社現代新書)があったので買ってきました。講談社のPR誌『本』に連載した「漢字雑談」をまとめたものだそうです。

 高島さんの本にはいつも蒙を啓かれます。

 <「華」と「花」は同字です。・・・どちらも音はクヮ、意味は「はな」なんだから見当がつきますね。華が本字(正字)、花が略字(異体字。クサカンムリに声符 化クヮをつけたもの)という関係です。「華」はややこしくて書くのに手間がかかるから、簡単な略字「花」をこしらえて間にあわせたのですね。> 魏の時代(三世紀)ごろのことだそうです。

 ちなみに、現代の中国には「華」の字はなく「化の下に十(华)」だそうです。そういえばテレビニュースで簡体字が並んだスローガンなどが見られます。「中華」ではなく「中华(化の下に十)」ですね。

 最近は中国からの観光客が増えて、いろんな所に中国語の案内表示が目につきます。ゴミ箱に「土へんに立(垃)と土へんに及(圾)」の字が書かれているのをみかけますが、「ラチ」という中国語のゴミということばだそうです。十三世紀、南宋の人の随筆に用例はあるが、以後見当たらず、中国の辞書に載ったのは二十世紀になってからだそうです。外来語だろうということです。

 外国語の表示を徹底すれば、さびれた地方の商店街にも観光客や買物客が増えてくるかもしれないと、ふと思います。


  

タグ:高島俊男
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上野の桜 [読書]

 あと十日もすれば桜が咲くようですが、今日はときおり冷たい雨が降っていました。ぼつぼつ『福翁自伝』を読んでいると、いろいろおもしろい場面がでてきます。

 文久三(1863)年六月十日、緒方洪庵が吐血し、諭吉は下谷の洪庵宅に駆けつけるが間に合わない。門人たちが集まって通夜となる。隣に村田蔵六(後に大村益次郎)がいたので諭吉が「この世の中に攘夷なんて丸で気違いの沙汰じゃないか」という。村田は大変な剣幕で「どこまでもやるのだ」と言い、以前とは様子が違う。諭吉は「村田は変だ、滅多なことを言うな、何をするか知れないから」と朋友に気を付けるようにいう。蘭学徒は開国派が一般的だったのでしょう。

 明治元(1868)年五月十五日、上野戦争が始まる。「上野ではどんどん鉄砲を打っている、けれども上野と新銭座とは二里も離れていて、鉄砲玉の飛んで来る気遣いはないというので、丁度あのとき私は英書で経済の講釈をしていました。」ということです。「生徒らは面白がって梯子に登って屋根の上から見物する。」 新政府軍の指揮官は、あの大村益次郎だったはずです。福沢諭吉の真骨頂といった感じです。

 もうすぐ上野の桜も咲くのでしょうね。以前、不忍池に行ったとき、この池の上を大砲玉が飛んでいったのかと上野の山を見上げたことがあります。




 

 

 

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