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植物の毒と薬 [読書]

 道端に曼珠沙華が満開です。いっぺんに秋らしくなりました。こどもの頃、彼岸花は有毒だといって、あまり触れなかったように思います。植物には薬になったり、毒になったりするものが多くあります。


 ケシから得られるモルヒネ、柳の樹皮からアスピリン、カフェインやニコチンといった嗜好品、心臓のジギタリス、神経作用のアトロピン、抗がん剤のビンクリスチン、抗インフルエンザ薬のタミフル・・・もちろん漢方薬は草根木皮がほとんどです。トリカブトという有名なのもあります。


 斉藤和季『植物はなぜ薬を作るのか』(文春新書)は植物がなぜ、こんな色々な物質を溜め込むようになったのかについて、解説しています。


 地球上で最も大量に存在するタンパク質は、植物の光合成に関わるルビスコという酵素タンパクだそうです。ホウレンソウ 100g に 1g も含まれているそうです。また、地球上の植物種全体では 20万個もの植物成分があるそうです。


 植物は藻類から数えると 30億年の歴史があり、それだけ突然変異と進化のチャンスがあります。動かない植物にとって、捕食者、病原菌、他の競合する植物との戦いに負けなかったものだけが生き残っています。外敵への防御などのために強い生物活性をもった物質を生合成するように進化の圧がかかっています。強い生物活性はつまり、薬にもなり得、植物成分は薬の宝庫ということになります。


 彼岸花は捕食者を寄せ付けない毒を持っている・・・むかしの人は田畑の畦道に曼珠沙華を植えて、害虫から作物を守ることを知っていたようです。また、球根を水に晒して毒を抜けば、デンプンは飢饉の備えになります。 秋の風物詩にもそれなりの物語があるようです。


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進化の途中 [雑感]

 きのうは敬老の日でしたが、もう 35年も付き合っている隣家のおばさんは、90歳になったそうです。「もうちょっとマシなもんくれるんかと思たら、しょうもないもんやったわ」と笑っていました。自治体から卒寿のお祝いが配られてきた感想のようです。九十歳以上が 200万人以上も居るご時世では、行政もそんなに良いものを届ける予算はないでしょう。


 世界最高齢は喜界島に住む、117歳のひとだそうですが、あの辺の島はかっての泉重千代さんのように、長寿をもたらす条件が整っているのかも知れません。泉さんは戸籍がもうひとつハッキリせず、ギネス・ブックから削除されたそうですが・・・。


 200万人以上にも驚きましたが、19人に 1人の赤ちゃんが体外受精で生まれているというのには、もっとびっくりしました。世の中は想像以上に変化しているようです。生物学的なヒトのありようが社会のありかたに大きく影響を受けているのでしょう。


 社会情勢の影響といえば、「団塊の世代」というのも、その影響を受けた最たるものでしょう。しかし逆に、誕生から進学、就職と常に社会を騒がせてきて、ついに七十歳代に突入し、今後は社会保障、医療・介護等の制度を混乱におとしいれます。


 それも 30年もすれば何事も無かったように消えていきます。その後には、どんな社会が生まれているのでしょう。ヒトはある日、進化している自分に気づくのでしょうか?




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寅さんの背景 [読書]

 このあいだ出かけた富山の八尾という町は、寅さんが啖呵売していそうな雰囲気ですが、映画の舞台にはなっていないようです。富山県は一度も寅さんと関係がなかった、数少ない県のひとつだそうです。


 映画「男はつらいよ」の第一作が公開されたのは 1969年8月だそうですが、その後、1995年まで 48作もありますが、一度も映画館でみた記憶はありません。折にふれテレビで放送されているのを見る程度です。


 川本三郎『「男はつらいよ」を旅する』(新潮選書)は沖縄から北海道まで、ロケ地をめぐる紀行の書です。


 <実は、沖縄にはこれまで一度も行ったことがない。・・・行きたくなかった。昭和十九年(一九四四)生まれの人間にとっては、沖縄は「戦争の悲劇の島」というイメージが強く、そういうところへ観光に行くのは、なんというか、気が引けた。>


 <第一作が公開された一九六九年四月、私は朝日新聞社に入社し、「週刊朝日」に配属された。・・・当時の映画ファンのあいだでは大島渚やゴダール、あるいは東映やくざを語ることが盛んだったから「『男はつらいよ』が好き」とはなかなか言えなかった。>


 関西に住む人間にとっては、葛飾柴又といっても土地勘がありません。地図をみると、上野から常磐線に乗って、荒川と江戸川のあいだあたりです。江戸川をわたるともう、千葉県です。東京の下町とはいえず、<市中から遠く離れた「近所田舎」>だそうです。柴又と松戸を渡すのが「矢切の渡し」です。


 概して初期の、寅次郎が元気で無茶をする頃のが、おもしろいと思います。年がいくと少し痛々しくなります。知っている町が出てくると、二倍楽しめます。大洲とか高梁とか丹後半島とか・・・。


 そういえば 1969年から 1995年までというのは、安田講堂から阪神淡路大震災までという時代区分だったのですね。「奮闘努力の甲斐もなく、今日も涙の日が落ちる」。



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風の盆 [徘徊/旅行]


 さそわれて富山から高山線で数駅、南へいった八尾(やつお)という山間の町へ行ってきました。「風の盆」とよばれ、毎年9月1日から三日間、少し遅い盆行事がおこなわれています。


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 水音のする、ぼんぼりの明かりの薄暗い坂道を歩いていると、越中おわら節が聞こえてきます。のぞいてみると人だかりがしていて、ほのぐらい神社の境内や、お寺の本堂で盆踊りが静々と舞われています。


 夜目、遠目、笠の内と言いますが、そんな感じです。町ごとに路地を流していくのに出会うこともあるようです。


 十数年前、髙橋治の『風の盆恋歌』(新潮社)を読んだ記憶があるのですが、内容は忘れました。彼の『蕪村春秋』(朝日新聞社)は映画に関係した人らしい映像的な蕪村の解釈が新鮮でした。また、小津安二郎『東京物語』の助監督を務めたことから小津の評伝も書いています。


 見物客は多いですが、車がまったく通らないので、露店などを見ながら歩いていると、初秋の夜風が心地よく感じられます。

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