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よみがえる詩句 [読書]

 19歳ごろ、南海電車に乗って、吊り革を持って車外を眺めていると

   腕にたるんだ私の怠惰

   今日も日が照る 空は青いよ

という中原中也の詩句が頭にうかびました。 丁度その頃、角川書店から『中原中也全集』が出ていたので、すみずみまで読みました。その後は遠ざかりました。


 最近、本屋さんに佐々木幹郎『中原中也 沈黙の音楽』(岩波新書)という本が並んでいました。そばを通るたびにちょっと中身をながめたりしていたのですが、まぁいいかと戻していました。そのうちに見えなくなりました。


 それが先日、また棚に立てられていました。まぁいいかと買ってきました。五十年まえの記憶が蘇ってきます。


    一つのメルヘン

  秋の夜は、はるかの彼方に、

  小石ばかりの、河原があって、

  それに陽は、さらさらと

  さらさらと射してゐるのでありました。

 

  陽といっても、まるで硅石か何かのやうで、

  非常な個体の粉末のやうで、

  さればこそ、さらさらと

  かすかな音を立ててもゐるのでした。

 

  さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、

  淡い、それでゐてくっきりとした

  影を落としてゐるのでした。

 

  やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、

  今迄流れてもゐなかった川床に、水は

  さらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました......

 

 


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秋の歌 [雑感]

 この間まで台風が来ていたのに、先週末は霰が降っていました。もう晩秋の雰囲気です。落葉が風に吹かれています。


  この道や行く人なしに秋の暮 (芭蕉)


 長谷川きよしという歌手に「秋だから」という歌があります。いつごろ出されたものなのか分かりませんが、車にのっている CDに入っていて、時々、耳にします。


 むかしはよくヴェルレエヌの「秋の歌」を上田敏が「落葉」として訳した・・・


   秋の日の

   ヰ"オロンの

   ためいきの

   身にしみて

   ひたぶるに

   うら悲し。


という詩句を目にしましたが、最近はあまり見かけません。 それにしても詩が顧みられなくなったのは、惨憺たるものです。 飯島耕一、田村隆一、清岡卓行、吉岡実・・・綺羅星のごとくの時代があったのですが・・・またいつか、人口に膾炙する詩句がたくさん生まれてほしいものです。


  門を出れば我も行人秋のくれ (蕪村)



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路地をさまよう [徘徊/旅行]

 知らない土地をぶらぶらと歩き巡るのは楽しいものです。迷子になりながら、かといって冒険というほどでもなく、ひとのにおいのする路地や道を気ままにぶらつく。


 運動のためではなく、調査でもなく、目的もなく、巡礼でもなく、行き当たりばったりにほっつき歩く。だいたいあの辺りとだけ決めて。


 どこへ行ってみたいか・・・山陰の益田あたり、国東半島、竜飛崎、出雲崎、ポルトガル、ニューヨーク、バイカル湖、清水あたり、赤穂、小樽・・・いつでもでかけられそうで、そうでもない。ちょっとしたはずみが必要です。


 五味文彦『日本の歴史を旅する』(岩波新書)は大津、日向、筑波山麓、小浜、佐渡、讃岐など 16の地域を人、山、食、道の四部に分けて、そのあたりの歴史的な成り立ちを概説していて、局所的な風土のおもしろさが浮かび上がってきます。


 <小浜は遠く異国や蝦夷地とも結ばれていて、応永十五(1408)年六月には南蛮船が小浜にやって来て、小浜の問の本阿弥の家を宿舎となし、「日本国王」足利義満への進物として黒象一頭・山馬一隻・孔雀二対・鸚鵡二対などが贈られている>・・などという話が出てきます。


 何回か敦賀から小浜へ行って、花折峠を越えて京都に出たのを思いだします。久しぶりに若狭にもでかけてみたくなります。路地には伊勢エビの味噌汁のかおりが漂っています。

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「枯葉」の季節 [音楽]

 テレビを見ていると坂東玉三郎が「枯葉」を歌っていました。歌舞伎のときのような声ではなく地声で、舞台人らしい丁寧なうたいっぷりでした。 CD も出ているそうです。


 「枯葉」はイヴ・モンタンが歌い始めでしょうが、いろんな人が歌い、演奏しているのに出会います。 何年かまえボブ・ディランが採りあげていたのには驚きました。声に陰影があって聴きごたえがありました。


 サラ・ヴォーンは特異な唄いぶりです。マイルス・デイヴィスの音は極めつきです。しかしドリス・デイやスタン・ゲッツのも心地よい音楽です。


 シャンソンの歌詞はジャック・プレヴェールのものですが、何ヶ月かまえ、岩波文庫で『プレヴェール詩集』(小笠原豊樹訳)が出ました。フランス語は分からないので、しかたなく訳詩を読みますが、どんな詩なんだろう・・・とペラペラと拾い読みする程度です。「枯葉」も最後のページに載っています。小笠原豊樹は岩田宏という名の詩人でもありました。


 

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そこはかとなく [読書]

 所用で先週は関東へ出かけました。滋賀の伊吹山にはうっすらと雪が見えていましたが、富士山は頂上まで山容を現しているのに、雪はまったくありませんでした。さきほどの台風の影響のようです。


 11 月になると、そろそろ紅葉の季節ですが、まだ、どこでもあまり見かけませんでした。そういえば中学生のころ、紅葉台というところから樹海ごしにみた初めての富士山はびっくりするほどみごとで印象に残っています。


 このあいだから眺めている金田一春彦『ことばの歳時記』に、「神無月 風に紅葉の散る時は そこはかとなく物ぞかなしき」(藤原高光)という歌の意味について書いていました。


 室町時代に日本に来たポルトガル人が作った日葡辞書をみると、Socofacato naqu の意味は「無限に」と書かれているそうです。だから「何となしにもの悲しい」よりも「かぎりなくもの悲しい」と訳した方がよくはないか。


 また『徒然草』の冒頭、「心にうつり行くよしなしごとをそこはかとなく書き付くれば」も「何となく書き付ける」というのではなくて「あとからあとから書き付ける」という意味かもしれないと言っています。 たしかに、その方があとの「あやしうこそものぐるほしけれ」とつながりがいいように感じます。


 ことばも時代とともに、発音や意味が変化していて、それが化石のようにいろんな場所に残っているようです。



 


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