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パルティータの楽しみ [音楽]

 最近は 17-18世紀ぐらいの音楽を聴くことが多くなったようです。「バッハは抹香臭い」といっている人がいましたが、なるほど、そんな気もします。テレマンの「オーボエ協奏曲集」など何のさわりもなく、気持ちよく通りすぎてゆきます。


 バッハの「パルティータ」という鍵盤楽器曲集は好きで、時おりCDを取り出します。初めて聴いたのは C.アラウのピアノ演奏で、彼の最後の録音となったものです。聴くたびに感心していました。


 何年か前、M.ペライアの録音が出たので、聴いてみましたが、あまりにも粒ぞろいなピアノの美音に驚きました。アラウのを聴きなおしてみると、何か指がもつれてでもいるように聞こえてしまいます。年齢がこんなにはっきりと現れるのかと愕然としました。しかし、アラウの演奏は、こころにひっかかりながら、朴訥とした情感が感じられます。


 その時々の、こちらの気分でいろんな演奏が聴きたくなります。もちろん 19-20世紀も時に選びます。ジャンルも・・・いずれにしても人間の産物なので、興味は尽きません。




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わたしの回想 [読書]

 南国の当地でも、今日はいっとき、雪が降りました。積もってはいませんが、奥山は薄っすらと雪化粧をしています。


 23日、東京へ出かけてきたのですが、途中、伊吹山や富士山は六合目くらいまで雪でしたが、都内は思うほど寒くはありませんでした。今は冷え込んでいることでしょう。


 数日前から、加藤周一『続 羊の歌ーわが回想』(岩波新書)を読んでいます。『続』は戦後の1945年9月から始まっています。本郷の病院の無給の副手で、病室に住み込み、診療と血液学の研究に没頭していたそうです。そして、東京帝国大学医学部と米国の軍医団が共同で広島へ送った「原子爆弾影響合同調査団」に参加し、広島の惨状をつぶさに見ています。


 <・・・広島で知合った L中尉を通じて、占領軍が徴用していた築地の聖路加病院の構内へ入る特別許可証をもらった。「許可なくして立入る者は射殺さるべし」と貼紙のしてある門のとこで、武装した衛兵にその許可証をみせると、私たちは米国人の医者や看護婦が往来している病院の廊下を通って図書室へ行くことができた。私はそこで新しい米国の医学雑誌をむさぼるように読んだ。(中略)そのために私はほとんど「蘭学事始」の昔を想い出した。>


 フランス政府給費留学生の試験を受け、給費生にはなれなかったようですが「半給費生」となり、旅費と生活費は自分持ちという条件で、1951年、フランスに渡ることになります。パリ・オルリー空港には前年の給費生である森有正などが出迎えてくれます。


 久しぶりに、森有正という名前を見ましたが、1970年ごろ、わたしには『バビロンの流れのほとりにて』という彼の本を、毎日、毎日、読んで過ごした日々がありました。どんなふうに生きていくか、さまよっていた時代です。


 西洋見物に出かけた加藤周一は、そこで第二の出発をし、「加藤周一」となる。いまさらながらの古い本ですが、いろんなところで「わたしの回想」にも繋がってきます。


 


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想いはめぐる [読書]

 二十年ほどまえ、信州・追分でお茶を飲みに入った店の前に、「油屋」という建物がありました。「あっ、ここが油屋か・・・」と、しみじみと眺めた憶えがあります。火事で焼け、往時とは変わっているはずとは思いましたが・・・。


 加藤周一『羊の歌ーわが回想』(岩波新書)を読んでいると、旧制中学生のころとして、こんな場面が出てきました。


 <ある日の午後、中仙道を沓掛の方へ向って散歩に出たとき、同じ方角へ向う長身痩躯の青年があった。どちらからともなく話しかけ、ならんで歩いているうちに、「ぼく立原です」とその青年がいったのである。立原は歩きながら、すすきの穂をひき抜いて、それを手にもてあそんでいた。(中略)私はそのとき立原道造の書いた詩を読んではいなかったがー従ってまだその魅力にとらわれてもいなかったが、彼の考えの明晰さに感心し、その人柄には、飾らない魅力があると思った。秋になって東京に帰った私は、油屋が焼けたということを聞いた。その火事のときに二階にひとりだけ住んでいた立原は、焼け死にそうになり、窓の格子を鋸で切り開いた消防手にやっと助け出されたという。>


 大学生のとき、数巻の『立原道造全集』をアパートの部屋に置いていた同級生がいました。「ふぅーん」と眺めた記憶があります。卒後三十年ほどして、専門関係の雑誌や、フォーク歌手・高田渡との関わりで彼の名前を見かけたことがありました。


 そういえば『千と千尋の神隠し』の湯屋の名前も「油屋」でした。宮崎駿も信州・追分に何か思いがあったのでしょうか。島崎藤村『夜明け前』にも、主人公・半蔵が中仙道・追分宿に泊まる場面が出てきます。追分は中仙道と北国街道の分岐点だそうです。 いろんなことに想いが回ります。





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ねころんで新書 [読書]

 本屋さんに「図書」(岩波書店の PR雑誌)が置いてあったので、もらって来ました。岩波新書創刊80年記念で <はじめての新書>という特集号です。いろんな人が新書にまつわる文章を寄せています。


 たとえば、津野海太郎は『戦争と読書ー水木しげる出征前手記』水木しげる・荒俣宏(角川新書)、『英語でよむ万葉集』リービ英雄(岩波新書)、『哲学者の誕生ーソクラテスをめぐる人々』納富信留(ちくま新書)の3冊を取り上げています。


 十代の頃から五十年以上にわたって、興味にまかせて、いろいろな新書を読んできましたが、どんな本が記憶に残っているかと思い浮かべると、案外、内容まで憶えているのは多くないようです。


 鯖田豊之『肉食の思想』(中公新書)

 本川達雄『ゾウの時間 ネズミの時間』(中公新書)

 M・ピーターセン『日本人の英語』(岩波新書)

 大平健『やさしさの精神病理』(岩波新書)

 水野和夫『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)


 題に誘われて、つい手に取り、読みとばしてしまう新書が多く、思い出せば、そんな本もあったなぁという程度なのがほとんどです。


 今年は何から読もうかと、「図書」の近辺にあった加藤周一『羊の歌ーわが回想』(岩波新書)を買ってきました。1966−67年に「朝日ジャーナル」に連載され、68年に岩波新書になったものです。その頃、読まずに過ぎてしまって・・・頭の片隅に残ったままになっていたものです。言わば旬を過ぎた食物のような、岩波古書です。


 

 

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