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思い込みにはまる [読書]

 思い込みによって、とんでもない失敗をすることがあります。佐藤正午『小説の読み書き』(岩波新書)を読んでいると、こんな場面に遭遇します。


 幸田文『流れる』について書かれた部分ですが・・・


 < きんとんと云えば体裁がいいがいんぎんの煮豆 >という幸田文の物の言い方について、佐藤正午は「慇懃無礼の慇懃である。したがっていんぎんの煮豆とは、ていねいに煮込むだけ煮込んだ、うわべだけそれらしくつくろった、中身(味)のともなわないキントンという意味になる。」と書いてしまう。


 後になって読者から、「いんぎん」とは隠元豆のことですよ・・・と知らされ、ひたすら恥じ入ることになる。『日本国語大辞典』の当該ページをコピーして送ってくれたかたもあったそうで、それによると「いんげん(隠元)の変化した語、いんげんまめ(隠元豆)に同じ」とのこと。なんともやるせなく、狼狽し、赤面する場面です。


 こんなことは、誰にでも、何回かはあるものでしょう。わたしにも思い出すたびに、穴に入りたくなる、人生をやり直したくなる、絶望に近い憂鬱な気分になる事柄がいくつもあります。


 ひとから指摘されたり、あとで自分が気づいたりしただけでも、数々あるのに、気の毒に思われて指摘されなかったり、気づけなかった場合を推計すると、ただただ生きてゆくのがイヤになります。荘子や兼好法師もそんな気分に沈んだ時があったのだろうと思いやって、「いのちながければ・・・」とつぶやいてみます。




 

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七つだち [読書]

 旧暦の季節感や、昔の時刻の呼び方を身につけるのは、なかなか難しいものです。池内紀『東海道ふたり旅 道の文化史』(春秋社)を読んでいると、「お江戸日本橋 七つだち・・・」という歌が出てきます。「七つ」とは早朝 4時ごろだそうです。暗いうちに出立して、十里先の戸塚に最初の宿を取るのが一般的だったようです。日の出は高輪あたりで「明け六つ」です。


 12時頃が「九つ」、2時頃が「八つ」と鐘の音で知らせる。ですから 2時頃は「お八つ」の時間です。「暮れ六つ」で日が沈む。


 また十二支で言えば、前回の小説家・佐藤正午の正午は昼の 12時で、夜中の 12時は正子です。丑は真夜中。落語などでおなじみですが、はっきりとは理解していない、またすぐ忘れてしまうことが多いようです。


 ふつか、みっか、というふうに日本では日のことを「か」と言います。「か読み」から「こよみ・暦」になったそうです。


  梅 若菜 鞠子の宿のとろろ汁 (芭蕉)



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小説の楽しみ [読書]

 自分より年下のひとの小説は、何となく読む気がしないのですが、新書棚を眺めていると佐藤正午『小説の読み書き』(岩波新書)というのが目に止まって、つい買ってしまいました。

著者は 1955年生まれの小説家ですが、このひとの小説は読んだことはありません。


 <原則、僕が若い頃に(十代から二十代なかばまでの、まだ自分で小説を書き出す前に)好きで読んだ小説家の小説を、いま中年の小説家の目で読み返してみて何か書く>・・という本です。


 たとえば井伏鱒二『山椒魚』について、


 <一九二三年に中学生だった太宰治が、同人雑誌に発表された井伏鱒二の『山椒魚』を読んで「坐っておられなかったくらいに興奮した」という有名な話がある。(中略)僕は何とも言えないブルーな気分になった。一九七〇年頃に中学生だった僕は、国語の教科書に載っていた『山椒魚』を読んで、どちらかといえば「すわっていられないくらいに退屈した」ような記憶があったからである。>


 そこから出発して、『山椒魚』という小説の、変な書き方を列記していく。身振りの大げささや、変な言葉づかい、そして


 <不思議なことに『山椒魚』の作家は小説をうまく書こうとはしていない。> <素直なボールでは届かない、曲げなければ、ねじ曲がるくらいにカーブさせなければ小説は小説として読者に届けられないと信じて書いている。> <まっすぐなものを曲げる。それは方法である以前に、作者のそうしようという強い意志である。>


 こんな調子で『雪国』、『暗夜行路』、『こころ』、『青べか物語』、『夏の闇』など 25篇を取り上げて、小説家らしい読書感想文を書いています。目のつけどころがおもしろく、作家の特徴があぶり出されてきます。


 では、佐藤正午の小説を読んでみるか・・・とは、今のところ、まだ思ってはいませんが・・・。

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春が来た [雑感]

 通勤の道を、今日は山越えのルートに変えてみました。車窓に梅畑の花が眺められます。昨日からめっきり暖かくなって、光があふれています。去年は開花が遅く、梅祭りができなかったように憶えています。


 車のドアを開けた途端に、クシャミが出ます。花粉が飛び始めているようです。年齢と伴にアレルギー症状が明瞭になっています。


 プロ野球のキャンプ便りが新聞に載るようになりましたが、今日はオリックスの宗佑磨君が取り上げられていました。1番、センターへの定着を目指して、頑張っているようです。ケガのないように、無事に開幕を迎えて欲しいものです。


  春風やまりを投げたき草の原 

  久方のアメリカ人のはじめにしベースボールは見れど飽かぬかも


 明治時代に正岡子規はこんな句歌を作っています。その後の日本での野球というスポーツの隆盛は驚くばかりでしょう。ヘボから天才まで、自分でも楽しめ、観戦してもおもしろいゲームです。福本豊やイチローのように、オリックスの中堅が花開いてほしいものです。

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