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坂の上の赤トンボ [読書]

   十年ほど前、テレビで『坂の上の雲』のドラマが放送された折、家内が司馬遼太郎の原作を読むといって、文春文庫を8冊買ってきましたが、そのままになっていました。今年の4月になって、読む気になって、週末ごとに家内が朗読するので、聴いていましたが、先日、読了しました。


 話題の多い小説なので、内容はあらかた聞き知っていましたが、いずれにしても長い。昭和43年から産経新聞に4年間にわたり連載したそうですが、毎日、少しずつ読むのは良いとしても・・・自分が調べたことは全て書くという気持ちは伝わってきますが・・・。


 新聞連載時期はちょうど、わたしの大学生時代と重なりますが、そのころは産経新聞や司馬遼太郎を読むという気分はありませんでした。司馬遼太郎を初めて読んだのは三十代のころに『ひとびとの跫音』という正岡子規の妹・律の養子などの話だったと思います。その後、『空海の風景』とか『街道をゆく』などは読んで楽しみました。


  一度、『菜の花の沖』という高田屋嘉兵衛(わたしの郷里の人)が主人公の小説を読み始めたことがありますが、全6巻の半分くらいで飽きてしまいました。やっぱり彼の小説は読めないと以後、手にしませんでした。


 今回も朗読を聴くというかたちでなかったら、とても最後までたどり着けなかったと思います。聴いている分には、退屈なところは、自然とふと眠っていられます。


 沖ノ島の宗像大社・沖津宮に仕える佐藤市五郎という人が木に登って、明治38年5月27日の日本海海戦を見物していたそうですが、わたしは昭和32年ころ、村の集会場で『明治天皇と日露大戦争』という映画を観ました。鞍馬天狗の嵐寛寿郎が明治天皇を演じていました。東郷平八郎は田崎潤だったそうです。


 司馬遼太郎は旅順要塞を攻める乃木希典を無策、無能と難じていますが、わたしも映画を観ながら、子供心に「なんと悲惨で残酷な戦いか」と辟易した記憶があります。数年前に読んだ古川薫(山口県生まれ)の『斜陽に立つ』(毎日新聞社)では乃木将軍を擁護していて、またおもしろい読み物でしたが・・・。


 日露戦争のころ、ちょうど夏目漱石は『吾輩は猫である』を書いていました。


   生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉 (漱石)


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なんばん由来 [食物]

  最近のトウモロコシは甘みが増して、柔らかいのが多いようです。こどもの頃はナンバと言っていました。アメリカ大陸が原産で、コロンブスが持ち帰り広めたそうです。日本には 16世紀に伝わったので、南蛮渡来でナンバと京都、大阪ではよんでいたようです。


 トウモロコシは唐諸越黍で、中国からきたキビ(黍)という意味で、トウキビという地方も多いようです。名古屋や福井ではコウライと言い、高麗黍から来ているそうです。トウワ、トナワと飛騨高山から美濃、近江、越中でいう所があり、唐粟の意味だそうです。<堀井令以知『ことばの由来』(岩波新書)>


 モロコシ(諸越)は越(エツ)の諸国という意味から出て、唐土を表しているそうですが、モロコシという穀物もあり、コーリャンのことだそうです。


 前書は江戸時代の国語辞典『俚言集覧』に「なんばん 大坂にてねぎのこと」とあると書き、「そば・うどんの上に鴨の肉・鶏肉とネギを煮てのせた鴨南蛮は誰でも知っている」とし、かってはネギもナンバンだったようだと書いています。 ただ、ネギは5世紀には既に中国から伝来し、本邦では古くからなじみのある食物なので、そんなに長くナンバン伝来の意識が残るものか疑問です。


 大阪ミナミのナンバ(難波)はナニワ(浪速)から派生したそうです。


 また、「なんば歩き」という言葉があり、昔の日本人はゴリラのように少し腰を落とし、同側の手足を前に出して歩いていたというのです。それが明治になって兵隊の訓練で、西洋式に対側の手と足を出す歩き方が強制されたそうです。<三浦雅士『身体の零度』(講談社選書メチエ)>


 歌舞伎や相撲では確かに同側の手足が前に出ます。しかし、日本古来の歩き方が、なぜ「なんば」と呼ばれるのか不思議です。元来、その歩き方が南蛮風だったのか? 分からなくなります。


 そういえば当地の名物に「なんば焼」というカマボコがあります。命名の由来は製法が南蛮由来とのことです。


 台所のトウモロコシを眺めていると、こどもの頃に夏の畑に林立していた黄色く硬いナンバを思い出し、連想がいろいろに発展します。

 


 

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お盆の台風 [雑感]

  台風10号が足摺岬の付近に近づいているようです。当地では昼頃から雨が降ったり止んだりしています。お盆の行事や、帰省など人の移動の多い時期なので、影響が大きそうです。


 わたしも先日、兄の初盆に出かけてきました。8歳年上なので、最も古い記憶でも兄はもう高校生でした。思い出すいくつかは、町の映画館に連れて行ってもらい、どんな映画だったかは憶えていませんが、西部劇の予告編があったのだけ記憶に残っています。


 須磨の水族館にも連れて行ってくれました。どんな魚が泳いでいたのかは覚えていませんが、その時、ソフトクリームを食べさせてもらって、こんな美味しいものがあるのかと感激しました。


 小学校高学年の夏休み、大学生の兄のアパートに泊まり、銭湯の帰りに西宮球場の外野席で初めてプロ野球のナイターを観戦しました。芝生の鮮やかな緑が目に焼き付いています。


 わたしが中学生になり、祖父が腕時計を買ってくれました。兄はそれを見ると、「おまえにはもったいない、オレのと変えろ」といって新品を取り上げました。その時計がわたしに返ってきたのは、わたしが高校生になったときでした。


 1965年、兄は結婚し、神戸に住む兄の家を足場に、高校生のわたしは三宮にでかけ、『サウンド・オブ・ミュージック』や『ドクトル・ジバゴ』といった映画を観ました。


 それからも、いろんな事があった・・・と兄の生きてきた行路を振り返ります。1995年の阪神淡路大震災では、兄たちの住んでいたマンションが被害を受け、建て替えを余儀なくされました。その後、兄の勤めていた会社は他社と合併してしまいました。


 兄弟というのは、近いだけにいろいろな葛藤のあるものですが、過ぎてしまえば、まあ、しょうがないかと納得するほかありません。


 今度の台風は、なんとか被害が少なく通り過ぎてほしいものです。予想進路の足摺岬や宿毛、大洲へは十年程前に出かけたことがありますが、大洲は昨年、洪水の災害にあったばかりです。


 「寅さん」映画では、嵐寛寿郎が大洲の殿さん役で出ていました。古くは連続テレビ小説「おはなはん」の舞台にもなった城下町で、あのテーマ曲を耳にしながら高校へ通いました。そういえばあの歌は後年の「さくら」が唄っていました。


 やれやれ・・・窓の外から、当地の山間部の温泉地に川の氾濫の危険性があり、避難勧告がでたという放送が聞こえてきました。山では雨が続いているようです。


 

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セミの鳴きかた [雑感]

  千葉から小学1年生の孫がやって来ました。朝、玄関ドアを開けたとたん、「セミがうるせィんだよ!」と顔をしかめています。近年、クマゼミの棲息地が北上していて、伊豆半島から横浜や東京都内へ侵入しているそうですが、彼の住んでいるあたりには、騒がしいクマゼミはいないようです。


   自我ありて泣くこゑ蝉に敗けてゐず (鷹羽狩行)


 キリギリスやコオロギは翅と翅を擦り合わせて音を出しているのに対して、セミは発音板を叩いて音を出しているのだそうです。<日高敏隆『春の数えかた』(新潮文庫)>


 氏によるとアリストテレスは、「セミの夫たちは幸せだ、なぜなら彼らの妻たちはしゃべらないから」と言っているそうです。最近、ますますクマゼミが増えて、アブラゼミやミンミンゼミが減っている気がします。当地では、今日、ツクツクボウシが鳴いたそうです。






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