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ウミガメの産卵 [雑感]

  今朝はセミが元気よく鳴いていました。曇天の日が多く、セミもとまどっていたのかも知れません。


 昨日、海辺を歩いていると、砂浜の一角に棒を立てて、注意書を付けていました。7月15日にウミガメが上陸し産卵しているので、9月まで見守ってほしいとのことでした。このあたりの砂浜には、毎年、アカウミガメが産卵にやってきます。


 初夏の朝に浜辺に行くと、波打ち際からヒレを使って上陸した跡が見られることがあります。産卵せずに戻って行ったのもあります。何か条件が合わなかったのでしょう。


アカウミガメ上陸跡.jpg


 漁師さんによると、船縁を海亀が泳いでいくことがあるそうです。クジラが湾内に迷い込んできたり、シカが川を渡ってきたり、動物が身近な土地です。農家のおばさんはサルやシカ、最近はアライグマに作物を荒らされてご立腹です。


 浦島太郎といえば丹後半島が有名ですが、あの辺りでも海亀が上陸するのでしょう。玉手箱を開けなくても、充分に白髪のお爺さんになってしまった身でも、いつまでも海亀がやって来れる砂浜であってほしいと願っています。

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今日が開幕 [雑感]

  今日はオリックスの宗佑磨君が一軍登録され、即、中日ドラゴンズ戦に 8番センターで出場しています。彼にとっては今シーズンの開幕戦です。第一打席はセカンド・ゴロ・アウトのようです。


 先日、近くの球場であった広島カープとのファームの試合を観戦しましたが、彼は調子がもうひとつのようで、心配していましたが、最近、数試合はヒットが出だし、ホームランも打ったので、そろそろ一軍昇格と期待していました。


 わたしも小学生のころ野球部に入っていて、五年生はピッチャーでしたが、肩を壊し、六年生では一塁手でした。試合でヒット打った記憶がないので、まったく打たなかったのかもしれません。


 初めてプロ野球を観たのは小学生高学年で、西宮球場のナイターでした。阪急ブレーブスの足立投手がアンダースローで投げていました。今でもライトに映えた芝生が綺麗だった印象が残っています。


 大人になって、西武球場で近鉄ー西武戦を観戦したことがあります。後期の開幕戦で鈴木啓示と東尾修の投げ合いでした。今から思えば夢のような対戦です。甲子園で田淵クンのホームランを見上げたり、長嶋監督の采配を見た記憶は焼きついています。


 こどもの頃から野球に親しんで、いまだに関心が続いているので、これは一生ものなのでしょう。選手は生ものなので、その時代の名選手のプレイが見られるかどうかは時の運です。そのうち、また球場へ出かけようと思います。

 

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父親をめぐる冒険 [雑感]

  散歩の途中、久しぶりに、昔からの本屋さんに立ち寄ってみました。30分ほど店内を見てまわりましたが、これはと思う本がないので、困ったなと、何か文庫本でもと眺めましたが、結局、「文藝春秋」を買って出ました。


 小さな店で、さんざん見回ったすえ、何も買わないで店を出るのは何か気まずいものです。「文藝春秋」を買ったりしたのは、ほんとうにいつ以来だろう。


 目次を見ると「猫を棄てるー父親について語るときに僕の語ること」村上春樹というのがありました。どうも村上春樹が自分の家族歴を記載しているようです。彼も 70歳になって、父親の来歴を書く気になったのでしょう。


 彼の父親は大正 6年12月 1日、京都市左京区粟田口にある安養寺という浄土宗の寺の次男として生まれたそうです。18歳で光明寺に付属した西山専門学校へ入学し、僧侶の勉強をする。20歳で徴兵され、輜重兵という補給の任務について中国へ上陸する。


 彼は村上春樹に「自分の属していた部隊が、捕虜にした中国兵を処刑した」と一度だけ語ったことがある。彼の属した第16師団は戦死率 96%という悲惨な結果になるが、彼は幸いその前に除隊になる。1944年10月、京都帝国大学文学科に入学する。


 戦後、結婚し、1949年1月、村上春樹が生まれ、彼は大学院をやめ、西宮市にある甲陽学院の国語教師になる。彼は毎朝、食前に小さな菩薩像に向かって長い時間、目を閉じて熱心にお経を唱えていたそうです。彼は俳句に関わり続け、「兵にして僧なり月に合掌す」というのが西山専門学校の俳句雑誌に載っていたそうです。


 子供の頃、村上春樹は父親と一緒に、西宮の映画館や甲子園球場へよく行ったそうです。しかし、成長につれて「僕と父親とのあいだの心理的な軋轢は次第に強く、明確なものになった」とのことで、職業作家になってからは絶縁に近い状態となり、「二十年以上まったく顔を合わせなかった」。


 九十歳を迎えた父親は糖尿病と癌になって、京都の西陣にある病院に入っていた。「父とようやく顔を合わせて話をしたのは、彼が亡くなる少し前のことだった。」村上春樹は六十歳近くになっていた。


 「そしてこうした文章を書けば書くほど、それを読み返せば読み返すほど、自分自身が透明になっていくような、不思議な感覚に襲われることになる。」「この僕はひとりの平凡な人間の、ひとりの平凡な息子に過ぎない」


 散歩から帰って、水を飲み、ペラペラと「文藝春秋」を繰っていくと、汗がひきます。目次を見ると、他にも「文藝春秋にみる平成史」半藤一利というのもありました。しばらくは楽しめそうです。




 

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時代のシッポ [雑感]

 今日は高速道路のサービスエリアは大混雑でしたが、町中は異様に車が少なく、スイスイ走れました。渋滞を恐れて家にいた人が多かったのでしょうか。10連休、ジューレンキュウと騒ぎたてるものだから、おっかなびっくり、引きこもっているのでしょうか。いつもの日曜日の半分以下の通行量のようです。


 明日は仕事なので、どんな具合になるのか、どっと人が来るのか、閑散とした状態なのか、予測ができません。混乱のないようにしたいものです。そういえば明日は「昭和の日」だったはずです。


 40歳まで昭和を過ごしたので、大人になっていく記憶が経済成長や人口増加に重なっています。そんなものだと思っていましたが、バブル崩壊以後、いつまでたっても元に戻らず、ついに人口が減少しはじめ、どんどん空き家が増え、小学校は廃校になっていきます。「何か変だなぁ」と思ってしまいます。やっぱり人は生まれ育った環境に影響された思考の癖が身についてしまっているのでしょう。


 毎日新聞の「今週の本棚」欄に養老孟司が、橋本治『父権制の崩壊 あるいは指導者はもう来ない』(朝日新書)をとり上げ、感嘆するように「ああ、団塊だなあ、としみじみ思う。」と書いています。何か考え方の様式に時代性が感じとられるのでしょう。「著者のように、平易に広く自己の思想を語れる人材は少ない。・・・橋本治は団塊の世代を代表する作家、思想家だった・・・」と評しています。


 そうなんだろうか。橋本治は殆ど読んだことがありませんが、「とめてくれるなおっかさん」で世代を代表されるのは、なにか身にそぐわない気もします。この本、本屋で見つけたら眺めてみようかと思います。

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平成の壁と崩壊 [雑感]

 1世代30年と言われますが、平成はちょうどそんな長さです。平成が始まった頃の、わたしの年齢に、今はこども達がなっています。そして、その頃のこども達の年齢に孫達が達しています。


 新年度を迎え、この平成という30年がどんな年月であったのかと、振り返ってみる気分になります。


 平成元年(1989)はベルリンの壁崩壊が印象に残っています。テレビの「ニュース ステーション」で生々しい映像が流れていました。米ソ冷戦時代に育ったので、共産圏が瓦解するとは思いもよらないことでした。


 『歴史とは何か』(岩波新書)で E.H.カーは「ボリシェヴィキはフランス革命がナポレオンのような人物で終わってしまったことを知っていましたため、自分たちの革命が同じような結末を告げるのではないかと恐れておりました。ですから、彼らは、トロツキーという、自分たちの間でも最も多くナポレオンに似た人物を警戒し、スターリンという、最も少なくナポレオンに似た人物を信用していたのでした。」と語っていました。苦笑します。


 壁の次は、バブルの崩壊。そして1995年の阪神淡路大震災、ビルが倒れ、高速道路がひっくり返りました。母の実家は全壊し、知った人が何人かなくなりました。


 2001年、「自民党をぶっ壊す」という小泉内閣となり、壁のないグローバリゼーションの進展。そして 9.11の高層ビルが崩壊する凄まじいリアル・タイムの映像。21世紀という未知な時代の扉が開いた感じでした。その後も際限のないテロが続いています。2003年には養老孟司『バカの壁』(新潮新書)というのもありました。


 2011年の東日本大震災の大津波や爆発する原子力発電所の実況中継。不気味で終末を見るような異様な風景が液晶画面にくっきりと写されました。その後も各地で地震や洪水が頻発しています。


 この間、高齢化社会となり、認知症が身近になり、人口減少が進み、地方では小学校がどんどん廃校になり、商店街がシャッター通りになっています。


 2017年には「壁をつくる」というトランプ大統領が就任しました。平成の壁を壊す流れに逆行していますが、巨大津波の前の防波堤のようなものなのでしょうか。


 こうして振り返ってみると、平成という時代が平坦な道のりではなかったことが思い出されます。なんとか生き延びてきましたが、70歳という思いも掛けない歳になってしまった自分に驚きます。これからどんなふうに生きていくか、思案します。


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春が来た [雑感]

 通勤の道を、今日は山越えのルートに変えてみました。車窓に梅畑の花が眺められます。昨日からめっきり暖かくなって、光があふれています。去年は開花が遅く、梅祭りができなかったように憶えています。


 車のドアを開けた途端に、クシャミが出ます。花粉が飛び始めているようです。年齢と伴にアレルギー症状が明瞭になっています。


 プロ野球のキャンプ便りが新聞に載るようになりましたが、今日はオリックスの宗佑磨君が取り上げられていました。1番、センターへの定着を目指して、頑張っているようです。ケガのないように、無事に開幕を迎えて欲しいものです。


  春風やまりを投げたき草の原 

  久方のアメリカ人のはじめにしベースボールは見れど飽かぬかも


 明治時代に正岡子規はこんな句歌を作っています。その後の日本での野球というスポーツの隆盛は驚くばかりでしょう。ヘボから天才まで、自分でも楽しめ、観戦してもおもしろいゲームです。福本豊やイチローのように、オリックスの中堅が花開いてほしいものです。

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平成の歳末 [雑感]

 「冷たい」の語源は「ツメが痛い」だそうですが、朝、仕事を始める前に、手を温めなければならない時節になりました。指をしもやけで腫らした人に、どんな仕事か聞いてみると、早朝、鶏卵を素手で集めているとのことでした。細心の注意が必要な時は、やはり素手がやり易いのでしょう。


 橋が表裏両面から冷えて凍るように、耳もよく凍傷になります。それでも、小学生の頃を思い出すと、しもやけになりやすい人とそうでもない人がいるようです。最近はアカギレというのはあまり見かけません。こどものころ、よく踵が切れて黒い膏薬を火で温めて貼ったものです。


 今年もあと少しになりましたが、いろいろ、解決しなければならない事柄が、誰にもあるようで、歳末のせわしなさにせき立てられます。まだ、来年のことを考える余裕はありません。


 気になっていた片山杜秀の本が2冊、本屋の新書棚に並んでいました。そのうちの『平成精神史』(幻冬舎新書)というのを買ってきました。「平成」はわたしの40から70歳という仕事に熱中した時代と重なります。どんな区切りだったのか、正月休みにでも振り返ってみようかと思います。


  行く年や猫うづくまる膝の上 (漱石)




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何か変だぞ [雑感]

 70歳になってしまったというのは、何か身にそぐわない服を着たような、居心地のわるい気分です。鏡を見れば確かに、そこに、よくみる 70歳のヒトの顔があります。


 さてさて、こんなになるまで生きてきたもんだと、あきれた気持ちにもなり、また、自分ではそんなに変わったとも思わないのに、肉体はちゃんと年相応になっている。身にそぐわないのは、気持ちの方なのか。


 両親とも 70歳で鬼籍に入ったので、こんな歳になってしまったと感慨に耽ります。親もこんな身にそぐわない気分のまま、暮らしていたのかと、今になって想像します。何か変だぞ。


 恐る恐る足を前に出す。サイズの合わない靴でも履いたように。これからは未体験ゾーンに入り込むような、ちょっとした恐怖と、どうにでもなれという心づもりで、やはり動きは少しぎこちなくなります。


 70年は長いようでもあり、ただ、多くのことを忘れてしまったので、記憶の総量は、そんなに大量でもなさそうで、頭は軽いままです。身にそぐわない服を着て、今日の晩飯を食べ、訳のわからない夢にうなされたりしながら、70歳はやっぱり、何か変だぞとつぶやいてみる。


タグ:70歳
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いとこというおかしみ [雑感]

 先日、母方の「いとこ会」があって出かけてきました。母方の祖父(明治23年生)には 6人の子供がいて、成人した孫が 19人あり、うち 16名が存命で、今回は 14人が出席しました。80歳から 52歳にわたり、男女各 7名ずつでした。


 子供の頃には、いつも一緒に遊んでいた人がほとんどですが、仕事についたり、結婚したりして、遠くで暮らすようになったり、多忙にまぎれて会う機会が減り、何十年ぶりという人もありました。


 各人が近況を報告し合いましたが、次の世代はさらに各地に散らばっていて、3人が海外で暮らして居るようです。孫の代まで聞いていると、もう誰の話だったのかも思い出せないくらいです。あの、「隣村で風邪が流行っていると聞くと、もう寝ていた」用心深い祖父から、これだけの人たちに増えたのかと感慨深いものがありました。


 いとこ達はそれぞれ年を重ね、それぞれの親の風貌を思い出させる容貌になっています。あの祖父から同じだけの遺伝子を引き継いでいる人間たちが一堂に会して居るのかと思うと、何かおかしみもありました。

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集中と分散 [雑感]

 9月4日に台風21号が来襲して、7日に所用で東京へ出かけました。最寄りのJR駅や交通信号はまだ停電していました。8日に千葉にいる長男一家と昼食を共にすることにしていましたが、長男は5日から札幌に出張しており、ホテルで地震にあい、停電の中、水とチョコレートで二晩を過ごしたそうです。


 丸の内の丸善で本棚を眺めていると、探していた本がすぐに見つかります。やっぱり実物を手にとって、拾い読みすると内容が値ぶみできます。ネットでは味わえない楽しみです。


 駅のホームに立っていると、すぐに目的の電車がきます。待つのに慣れている身には不思議な気がします。人口の1割が集まって、資源の多くを消費しています。


 北海道の停電のように、一極集中のシステムではブラック・アウトの危険性があります。こんなに災害が頻発するようなら、分散して暮らせるような方策を立てる必要があります。


 帰宅すると、駅の停電はなおっていましたが、まだ、山間の町では停電が続いているようです。


  紀の国に闇大きかり鉦叩 (森 澄雄)

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